危険な手技とは
どんなときに骨に損傷を与え得るか理解するためには、まず、解剖学的に人体の構造を知る必要がある。
下の写真は、ヨガのマールジャーラ・アーサナ(猫のポーズ)である。左側は猫背にして背中側の筋肉を伸ばしている。右側はお腹を下げて腹筋を伸ばしている。左側のポーズの時に背骨を上から押しても安全だ。なぜなら、背筋が伸びているとき、拮抗筋である腹筋は縮んでいる。上から背骨を押して背骨を折るには、腹筋を伸ばしきらなければならない。しかし通常、腹筋の筋力の頑張りがあるので背骨は守られる。
右のポーズではどうか。腹筋は既に伸びきっているため、背骨を瞬間的に押された場合、腹筋は背骨を守ることが出来ない。右のポーズでは上からの力に対して体は無防備だ。
話が少し脱線するが、「腰痛がある人は腹筋を鍛えなさい」というのも同じ原理による。腹筋は背骨(腰椎)を衝撃から守る、別の言い方をすれば腹筋は腰椎への負担を減らす役割を果たしている。膝痛もそうだが、関節への負担を減らすには関節周りの筋肉を鍛える必要があるのはこのためだ。
この原理に基づいて、どんな手技が危険かについて説明する。
腰痛の緩和に効果的なポイントは、脊柱起立筋の腰椎の部分である。指でも押せるが、強い圧をかけるために膝が用いられることが多い。下の写真は、相手を横向きにして上から膝を当てて体重をかける方法。この姿勢では腹筋は伸びきっているので、上から乗った場合、背骨に負荷がかかる可能性があり危険である。もちろん、押圧ポイントを熟知し、正確に膝を当て、相手の体の状態を完全に把握しながら、慎重にゆっくり適正圧をかけることができる熟練者なら安全に行うことができるのだろうが(それでも一瞬の気の緩みが危険に繋がる可能性はある)、強い圧をかけることに夢中になっている初心者がやるべき手技ではない。
ではどうすべきか。タイマッサージにはいくつもの別のテクニックがある。同じ横向きで膝を入れる方法でも安全なのが下の方法である。上から乗る方法との違いは、自分の体重で押していないことだ。ではどうしているかというと肩と脚を持って引いている。体重だと全体重が瞬間的に乗ると危険だが、引く場合は自分の体重を乗せていない、そして、確実にゆっくり行うことができるので安全だ。ピシット先生が教える最新のタイマッサージでは、強い圧を入れる必要がある場合、このように「引く」テクニックをうまく使うのだが、引くことで安全性も確保しているのである。
余談になるが、このように引くテクニックを使うと、大胸筋、腹筋、大腿直筋が引かれてストレッチされるという副産物が生まれる。「引き」のテクニックは、一つの手技で複数の筋肉に働きかけができるので効率が数倍に高まる優れた方法でもある。