歴史的な分類

タイマッサージは学術的には、王室マッサージ(Royal massage)と、民間マッサージ(Folk massage)に分類されます。王室マッサージは国王のためのマッサージで、礼儀を重視し、施術は指圧だけで、ストレッチはありません。王様を足で踏んだり、体を密着させるわけにいかないためです。民間マッサージは庶民の間で伝えられてきたマッサージで、ストレッチを多く含むのが特徴です。民間マッサージには多くの種類があり、地方によってやり方が異なります。マッサージスクールとして有名な、チェンマイのオールドメディソンホスピタルで教えられているマッサージには民間マッサージの古い手技が多く残っています。
タイマッサージはタイ古式マッサージとも言われますが、純粋な形での王室マッサージや民間マッサージを教える学校はほとんどありません。王室マッサージと民間マッサージで行う多くのテクニックから効果の高いものを選び、西洋医学的な知見も加えて再編集したものが現代のタイマッサージです。

ワットポースタイル

ワットポースタイルは、ワットポーに隣接する私立のタイマッサージスクールで教えられています。ワットポーに伝えられた古いマッサージそのものではなく、1991年にワットポー協会長が18人の講師と共に開発した比較的新しいスタイルです。

安全性を重視し、古くから伝わるマッサージの理論・手技の中から、10のセン、簡便な技法を選択し、ストレッチは安全で効果があるものだけを残し、それ以外は削除されています。

このため、ストレッチ技が少ないと思われる方も多いのですが、効率と安全性を重視して練り上げられた1.5時間のベーシックタイマッサージは初心者が覚えやすいだけでなく、非常に完成度が高いものになっています。

ワットポースタイルの指圧は、親指を重ねて、腰を持ち上げてしっかりと体重をかけるので、ワットポーの特徴は強い指圧だと思っている方も多いかと思います。それは間違いではありませんが、他の流派でも強い指圧は行います。私はワットポーの最大の特徴は、波のように押し寄せる指圧の一定のリズムだと考えています。呼吸と腰の動きに連動させてゆったりと、スムーズに圧を入れるので、最初から最後まで、同じリズム、ゆったりとした空気に支配され、指圧はしっかりしているのに痛さを感じることもなく、どんどん気持ちよくなっていきます。

基本に忠実に行えば経験が少なくても上手にできるので、施術者による技量のばらつきが少ないという特徴もあります。

学校はバンコクだけでも数箇所あり、タイ人、外国人共に非常に多くの卒業生がいるため、一大流派になっています。

ロイヤルマッサージ寄りのスタイルとして、バンコクスタイル、サザンスタイル(南部のスタイル)とも言われます。

チェンマイスタイル

チェンマイスタイルは、故シントーン氏が1960年頃にチェンマイで始めたタイマッサージのスタイルです。シントーン氏は実は当時のワットポースクールでもタイマッサージを学んでおり、チェンマイに伝わる古いスタイルと組み合わせて120分のベーシックマッサージを創作しました。ハーブ療法と組み合わせた伝統医療の病院、オールドメディソンホスピタルを設立して安価で良心的な治療を行ってきたため地元の人から深く信頼されています。シントーン氏は技術を教え子達に惜しげもなく開放したので、オールドメディソンホスピタルで学びキャリアを積んだマッサージ師が自分の学校(ITM、ロイクロ、ワンディ、ニマンヘミン等々)を設立して技術が広まることになり、いつしかチェンマイスタイルとして認知されるようになりました。

古い手技もそのまま残っているので、タイマッサージというよりは、タイ古式マッサージと言った方がしっくりくる感じもありますが、親指をセンに沿って歩かせていく指圧手法はタイマッサージのスタンダードでもあります。

時間の経過を忘れさせるようなゆったりとした施術が特徴で、繰り返しや、違う姿勢での施術の重複が多く、繰り返し太陽礼拝を行うヨガを行っているかような雰囲気があります。効率や所要時間を余り考えていないことが逆にチェンマイスタイルの良さだと言えるかもしれません。

足で踏みながらストレッチを行う技もたくさんあり、ビジュアル的にもタイマッサージらしい流派です。

フォークマッサージ寄りのスタイルとして、ノーザンスタイル(北部のスタイル)とも言われます。

タイ厚生省

タイ政府は1980年代頃から、産業振興と就業率向上を目指してタイマッサージの普及に努めています。実はタイ国内では、西洋医学の即効性に押され、タイマッサージのような東洋医学が見向きもされない時期がありました。この状況を覆したのが1978年のWHOの会議です。その会議で、プライマリ・ヘルス・ケア(病気にならないための健康法)の重要性が宣言され、その流れで、副作用がなく、自然治癒力を高める代替療法としてのタイマッサージが注目されることになったのです。その流れに乗り、1985年に、大学や民間の有志によりタイ・マッサージ復興プロジェクトが結成されました。タイ・マッサージ復興プロジェクトは、各地に伝わるマッサージ手法を西洋医学の専門家も加わって体系化しました。

その活動はタイ厚生省伝統医療開発局に引き継がれ、現在は国家資格化に向けて更に検討が進められています。厚生省、文部省、労働省、そしていくつかの大学が協力して標準化と普及活動を行っており、一般向けの短時間のセミナーから、800時間のプロ養成コースまで数多くの講習会が格安(あるいは無料)でタイの各地で開催されています。

タイのマッサージサロンで働く多くのセラピストがこのセミナーを受講していますが、外国人は受講できないため、タイでは最もメジャーな流派ですが、日本では流派としては知られていません。

特徴はあるようでなく、チェンマイスタイル的な歩くような指の運びで体のセンを普通に指圧していきます。標準だけあって、指圧もストレッチも基本的なやり方が中心となりますが、職業セラピスト向けには肘を使う方法がよく使われます。

リラクゼーションサロンでの仕事を得るために習う場合は、集団で習うこともあり、簡単で覚えやすいことが中心になりますが、厚生省スタイルには伝統医療としてのもう一つの側面があります。

漢方医療のような医療の一大カテゴリーになることを目指し、タイマッサージを代替医療として研究しているのです。タイ厚生省の建物や、大きな病院にはタイマッサージやハーブの処方をメインにした治療を行う伝統医療部門が併設されています。そこで働く治療家のためには伝統医療ドクターコースが用意されていて、ワットポーやチェンマイの多くの先生もこのドクターコースを受講しています。

高度な医学に裏打ちされているだけあり、深めていこうと思えば、その技術の深さは底知れないものがあります。治療マッサージとしてもリラクゼーションマッサージとしても、日々進化し続けている最新のタイマッサージです。
※タイ厚生省は英語ではMinistry of healthで、保健省と訳されることが多いですが、日本では(保健所ではなく)厚生省に相当しますので、タイ厚生省と表記します。

ピシット

現在のタイマッサージの基礎を築いたタイマッサージ復興プロジェクトで、サンリー・チャイリー教授と共に中心的な役割を担ったのがピシット・ベンチャモンコンワリー氏です。

ピシット氏は現在でもタイ厚生省のタイマッサージ標準化会合や各地での講演会、大学教授との交流、タイマッサージ関連書籍の監修など多方面で重要な役割を担っています。

流派と言うほどメジャーではありませんが、タイマッサージ復興プロジェクトにおいて施術面のリーダーであったこと、そして現在も厚生省のドクターコースの教師を務めていることから、タイマッサージの著名な先生の多くはピシット先生の教え子であり、すべての流派に影響を与え続けています。

ピシット氏は、少人数、あるいはマンツーマンで教えることを前提に、タイ厚生省スタイルには盛り込まなかった細かいこだわりを集大成して、ピシットスタイルベーシックマッサージを完成させました。

ピシットスタイルは、手技の連続性と流れを重視し、指圧や手掌圧を行っているときも相手から手が離れることがありません。指圧はワットポート同様、呼吸に合わせて体重をしっかり乗せますが、もっと強く押すときは指の関節を使います。

全体的に非常に精密で密度が高く、理解が進めば進むほど、手技の意味の深さに唸らされます。

見よう見まねでは決して正確にできない精密な技術ですが、先生に直接確認してもらいながら習得すれば、施術自体は難しいわけではありません。何年も修行しないと一人前にならないというものではなく、比較的短期間の学習で誰でも安全でレベルの高い施術ができる、開かれた手技体系だと言えます。

ピシェット

バンコクのピシット氏(Pisit)とよく間違われますが、ピシェット師(Pichet)はチェンマイの著名な先生の一人で、特に欧米の外国人に人気があります。

ピシェット師の噂を聞いたことがある人は、公の場にはほとんど姿を現さず、氏ではなく師と呼ぶ方がしっくり来る、求道者、伝道者的なイメージを持たれているかも知れません。しかし、会ってみればわかりますが、ピシェット師は、実際には神秘的とか怖いということは全然なく、また、禁欲的とかストイックということも全然なく、煙草も吸うし、車が大好きな、笑顔が純粋な、優しい兄貴のような方です。

ピシェット師のタイマッサージは、タイマッサージとして括るのは適当でないくらいに、他の流派と比べて特殊です。チェンマイスタイルをベースにしたシーケンス(一連の施術手順)は一応ありますが、相手の体を触ったときの感覚(センシング)を非常に大事にし、相手の体が求めることのみを行うという思想で施術を行います。頭(医学的な知識や施術手順)ではなく感性(感覚、本能、心)でやるタイマッサージであるというところがまず特殊です。このため、タイマッサージ師である前に仏教徒であれ、という心の修行も求められます。

手技の主要理論はNo tension、つまり施術者が脱力して、筋肉の緊張を相手に伝えないことです。タイマッサージはヨガだと言われますが、これほどヨガなタイマッサージはないと言うほど、ヨガのように施術を進めていきます。

丹田を締め、下半身を安定させて上半身は背筋を自然に伸ばして脱力する。そして自分がストレッチするような姿勢で、ゆっくりと息を吐きながら相手の体に丹田を寄せていきます(押すという表現は適切ではない)。筋力や握力といった自分の筋力を極力使わず、静かで一定の深い呼吸(完全呼吸)を行うトレーニングを日々積む事により、究極のスムーズな圧を相手に加えることが可能になります。

一方で、解剖学的な知識を持たない、あるいは、相手の体の声を聞く訓練が十分にできていない人が行っては危険な手技も含まれるため、ちょっと習って実践するというわけには行かず、習うなら数ヶ月~数年かけて学ぶ覚悟が必要です。その意味で万人に進められる流派ではありませんが、体の使い方や施術の心構えは他の流派の方にも非常に参考になるでしょう。

最近では、チェンマイスタイルの先生もピシェット師の影響を受けているようで、ロイクロや、チェンマイクラシックアート(旧ニマンヘミン)の上級コースでもピシェットスタイルを教えているようです。

レックチャイヤ(ジャップセン)

ジャップセンというタイマッサージの技術があります。セン(ライン、指圧ポイント)で指をクリッと動かして筋肉に刺激を与える手法です。ナーヴタッチとも言われますが、弾いているのは神経だけでなく、腱、靭帯、筋肉の表面の索状硬詰、筋肉そのものだったりします。

施術時に確認されるセンには指先に細いロープ状の確かな感覚があります。何となく硬くてクリクリ動くような「モノ」が指圧ポイントには存在しています。通常はそれを真っ直ぐに押すのですが、ジャップセンでは、それを跨ぐように指をスライドさせます。

レックチャイヤ氏(通称ママレック)はジャップセンの達人としてタイマッサージ界では有名な先生です。ジャップセンは強くやりすぎると痛いのですが力加減で優しく行うこともできます(指圧と同じですね)。リラクゼーションマッサージではソフトに、治療マッサージでは強く筋肉に刺激を与えられる優れた手法で、多くの流派で、特に治療マッサージの時に使われています。

レックチャイア氏の学校のベーシックタイマッサージはチェンマイスタイルをベースにした指圧やストレッチにジャップセンがミックスされた形となっています。どこもかしこもジャップセンで行うというわけではありません。

ジャップセンの先生としては、バーンニット先生(女性、通称ママニット)も有名です。